ちょっと前、東京を象徴するような作品を同じくらいのタイミングで2つくらい観て、刺激をもらったのでメモ。

まず、後述する木村太一さんのインタビュー記事の中から引用。

むかし、母親とテートモダン(イギリスのロンドンにある現代美術館)に行った時のこと。
ただ真っ青にキャンパスを塗りつぶしただけのドローイングを見て「こんなん、どこがええねん」って言ったら、母親が「この国のいいところは、この絵をいいっていうひとがちゃんといるところなのよ」って言ったのを今も覚えてる。

今回アウトプットしようと思った理由の1つでもある。イケてる母ちゃんや。。。

で、本題の2つの作品について。1つがリオ五輪の閉会式のパフォーマンス。

もう1つが「LOST YOUTH」。

どっちも好き。

リオ五輪の方は個人的にもともと好きだったアーティストの方々(椎名林檎や Rhizomatiks)が関わっていて、

  • 今、世界に対して東京(日本)を表現しようとした場合にこの人達に声がかかるんやなふむふむ
  • その表現の方向性は自分の趣向とある程度一致してるんやなふむふむ
  • 未来を考えたら、ここでの一致は遅れとも考えられる(なんとなく、ある波が大きくうねっているときには、次の波はもう産声を上げてる気がする)のではふむふむ

というふむふむ含め、うおー!ふむふむ。。うおー!!ふむふむ。。。ってなってた。

また、各論で言うと、入りの「君が代」のアレンジバージョン + 演出で一気に世界に引きずり込まれる感じや、1964 年の東京五輪ポスターのオマージュを仕込んでる感じは、ぐっときたポイントだったなと思う。神は細部に宿る。

一方、「LOST YOUTH」の方は、以下の記事をどこかで目にして気になって観た、という経緯。

日本の美大生なんて死んだほうがいいー映画監督・木村太一インタビュー

1回見終わった後、無心で再生ボタンをもっかい押してた。

で、どちらかというと、自分の好きな表現て「LOST YOUTH」の方なんだなと。表現の裏に人間というか、生き様があるもの。綺麗なもの、汚いもの含めて誰かのありのままがあるもの。理由はわからないけど、そういうものに惹かれるんだなと。カタルシスなんだろうか。自分の身体には、世界レベルの第一線で活躍している自分の好みのアーティストの大合作より、「LOST YOUTH」の方が強く刻まれるんだなと(そもそも比べるようなものでもないとは思うけど)。

表現方法はどうあれ、自分も最終的にはアーティストで在りたいと思ってるので、じゃあ自分の表現ってなんなんだろうなと。

イメージとしては、やっぱり Chim↑Pom が「芸術実行犯」の中で言及していたオリジナリティと普遍性の話や、井上さん×ガウディの展示会で使われていた「独創」と「世界中の人に通じる言葉」というフレーズ。この辺りが感覚的に近いなあとは思う。

また、そもそも表現してくれる人達がいるから、自分がこういう刺激を貰えるわけで、その刺激を貰った自分がって考えたときに、冒頭の引用の話にも繋がるんだよなあという。化学反応して連鎖したいなと思う。般若と焚巻がぶつかったときみたいな連鎖。これは Chim↑Pom が言ってた「応える」の話にも近い気がする。

ということで、その表現の連鎖の第一歩として、こういうチクっとしたインプットにはアウトプットで応えていきたいなと思ったのでした。おやすみなさい。